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青空の向こう          輪尾狐猿さま

 ここは由緒正しい私立THE FATES学園高等部の裏庭である。そこに、一輪の花をじっと見つめ、苦悩に満ちた表情で佇む少年が一人。

 時は遡ること数時間前、ちょうど一時間目の授業が終わったときのことだった。

   〜1時間目終了後 休み時間〜 

「じゃ今日の授業はここまで。あぁ、そうだ由稀、今日の昼休み体育祭の実行委員会があるからな。忘れずに行けよ」
 反射的に「はい」と返事しそうになって、傍と気付く。
「先生、俺は確かに学級委員長だけど、体育祭実行委員じゃない、ん、だ、けど」
 言い終わらないうちに独特の睨みを浴びせられ、由稀は言葉に詰まり黙ってしまった。
 すると、その様子を見てとった、目の前の担任は、一変して口角をきゅっと上げ、思わず顔を背けたくなるほど綺麗な顔で微笑んだ。女子に言わせると、直視できないほど美しい顔も、彼にとっては悪魔の微笑みにしか見えず、直視できないというよりは直視したくない顔でしかなかったが、その顔に加えて、普段より重みのある低い声で聞かれた。
「実行委員は誰だ?」
「紅、です」
「じゃあ、その紅はどこにいる? いないよな。となると俺としては代理を立てなければならない訳だが、この場合どう考えてもクラスの代表である学級委員長が最適だと思わないか、思うだろう? つまり由稀、お前だ。という訳でわかったな」
「わかんねぇよ! 欠席してるならともかく、今朝、自分で紅が出席してんの確認したじゃないかっ。てめぇの脳みそどうなってやがんだ!」
 と、言えれば、多少すっきりしたかもしれないが、あの担任が有無を言わさぬ態度を示したときに反論し、おまけに暴言でも吐こうものなら、後々ひどいことになるのを、由稀はここ数ヶ月で嫌というほど学んでいたので、ぐっと堪え、またも黙った。
 とはいえ、言うだけ言って、じゃあなと去っていった担任の不条理さに腹立たない訳がなく、彼が立ち去って、充分な距離ができたと思った瞬間、由稀は吠えた。
「あんっの、クソ瞬めえぇぇ」
「お前、担任に対してそんな言い方はないだろう」
「羅依っ」
「それよりもほら、次の授業の準備しろよ。いつまで国語の教科書出してるんだ」
 由稀は全てのことに納得がいかなかったが、結局ぶつくさ文句を言いながらも、次の準備をすることにした。
「それにしてもアイツ、たまに、みょーに紅に甘くないか?」
 大きな独り言に、羅依が振り返った。
「気のせいだろう」
 再び前へ、くるりと戻った後頭部を見つめ、由稀は小さな声でぼそり溜息混じりに呟いた。
「そうだった、こいつも瞬の隠れ信者だった」

   〜2時間目〜

「はい、授業を始めまーす、皆さん席についてくださーい」
 そう言いながら入ってきたのは、金髪ボブカットで背の低い女性、ではなく少女であった。
「では皆さん、いつものようにまず課題の提出をお願いします」
「あの、玲妥先生」
「何でしょう? 鷹真君」
「課題忘れてきちゃいました」
「はい、では課題追加ですねっ 次回までに必ず提出してくださいっ」
 歳相応の少女らしい笑顔で返す数学教師に、由稀は毎度のことながら顔に似合わず厳しい、と思った。と同時にさすがにスキップを繰り返して最年少で大学を卒業しただけあると妙な感心をしてしまっていた。

「夜上」
 呼び止められて亜須久が振り向くと、木に凭れ掛かって座り、立てた右膝の上に腕を乗せて、煙草を弄んでいる瞬がいた。
「火、持ってないか?」
「教師が空き時間とはいえ、授業中に裏庭で煙草なんか吸っていいのか? それじゃまるで不良少年じゃないか」
「用務員さーん、その右手に持ってるマッチ箱くださーい」
「人の話聞けよ。それにだめだぞ、今からゴミ燃やすのに使うんだから」
「箱ごとくれって言ってんじゃないだろ。じゃあ、火、点けてってくれよ」
 亜須久は呆れと諦めを込めてマッチ箱を投げた。そして器用に左手でキャッチした瞬に言った。
「すぐ返せよ、それから吸い終わったらちゃんと煙草の始末するんだぞ」
 硫黄の匂いを心地よく鼻に感じながら、くっと笑った。
「お前の方がよっぽど教師みたいだな。教免取ったくせに何でならなかった?」
「理由は簡単だ、お前が教師になったからだよ」
「面白い理由だな」
「まあな。そういう瞬の方こそ何で教師になったんだ。お前ならもっと違う世界に行けただろう」
「それこそ簡単な理由だな。大事なもんがここにあったからだよ」
(茜さんと、紅、か)

 玲妥のまだ幼い声が、心地よく響く中で、由稀はずっと考え込んでいた。そしてふと、ノートに挟んでおいた紙に目を落す。
【昼休みに裏庭で待っています】
 今まで一度も告白なんてされたことのなかった彼は、今朝、このメモを発見して以来、どうしたらいいのかと考えていた。にも関わらず、瞬から委員会への強制参加を言い付けられ、由稀は更に頭を抱えて悩むことになってしまったのだ。
(いやいやいや、待て待て、焦るな俺! そもそも告白と決まった訳じゃないんだぞ。名前だって書いてないし、靴箱間違えただけかもしれないし、よくあるパターンじゃないか! でも…なんにしても行った方がいいよな、うん)
 結局、由稀は最後まで授業に集中することはなく、いろいろと考えた末に、とりあえず昼休みまでに紅を全力で探し出す、という結論を出した。

   〜2時間目終了後 休み時間〜

「やあ、生徒会長殿」
「先程、由稀が必死の形相で廊下を走っていくのが見えたのですが」
 一瞬の沈黙と重い空気が流れる。そして軽く、静かに息を吸った青竜が続けて言った。
「まさかまた、うちの弟に嫌がらせをしたんじゃないでしょうね」
「何で担任の俺が自分のかわいい生徒に嫌がらせなんてするんだ。そんなことするわけないだろう。少し過保護すぎやしないか?」
 冷気を帯びた空間が、二人を中心にぽっかりと出来た。

「羅ー依っ」
 聞きなれた声のした方を見ると、教室の入り口から、加依が笑顔で手を振っていた。
「兄貴…」
「はい、いつものように、お弁当持ってきましたよ。今日もお兄ちゃんの愛情たっぷり込めてありますからね」
 付き合いたてのバカップルじゃあるまいし、と思ったが、加依が一緒に暮らしていなかった時間を埋めるために一生懸命なんだと思い、その表現方法にかなり抵抗を感じつつも、黙って弁当を受け取ることで気持ちを返した。そして満足そうに笑顔で帰る兄の後ろ姿を見送り、教室に戻ろうとしたとき、羅依の背後から声がした。
「ああいう場合はありがとうって言えば、もっと喜ぶんじゃないか?」
「そんなこと照れくさくて言えないよ」
 反射的に答える。
「ふーん、長い間一緒に暮らしてないと、やっぱそういう風になるもんなのかな」
「って、紅! 由稀が探してたぞ。お前授業さぼって、どこ行ってたんだ」
 振り向いて、胸倉を掴みかからんばかりの羅依に、紅は続けた。
「ギクシャクしたりとかないわけ?」
 鳩が豆鉄砲を食らった顔、というのを見事に表現してしまった彼女は、呆れとともに、ぼそっと言った。
「人の話を、無視するなよ」

 加依は、いつも能面のような顔をしている人物が、より一層能面に近い表情で、むしろ能面そのものの顔をして歩いてくるのに気が付いて、声を掛けた。
「生徒会長、伝言、彼にちゃんと伝えておきましたから」
 含みのある言い方に、青竜の眉尻がピクリと動いた。
「加依、また妹さんのところへ行っていたのですか?」
「伝えたんですから、機嫌直して下さいね」
 会話が、全く以って成り立っていない。
「最近、妹を溺愛し過ぎている副会長、といった妙な噂が立っていますよ。少し自粛した方がいいのではないですか?」
 今度は、加依の眉尻がピクリと動いたが、次の瞬間、これでもかという笑みが広がった。
「それを言うのなら会長も、ですよ」
 ここに来て、漸く会話が成立した。しかし、それと同時に、二人の周囲に氷河期が訪れたのは言うまでも無い。

   〜3時間目〜

「羅依! 紅が戻ってきたって聞いたんだけどっ」
「あーうん、さっきまではいたんだけど」
「さっきまで? だってもうチャイム鳴ったぞ?」
「国語さぼるのはいつものことだから次は出るだろうって単純に思ってたし、それに由稀が探してるって言っておいたから大丈夫だと思ってたんだけど」
 申し訳なさそうに、俯きながら言った。
 紅は本能的に何かを察知したのか、次の授業もさぼることに決め、クラスメイト達の気付かないうちに、教室を去っていたのだった。ここは追いかけるべきなのかと考えた由稀だったが、その瞬間、教室の扉が開いて、自他共に認める美人英語教師が来てしまった。

 自分のことを堂々と、美人教師と言ってのける弓菜により開始された授業では、いつものように由稀が集中的に指名されていた。
「はい、由稀君正解よ。じゃあ次の章を、」
 弓菜は、なおざりに教室内を見回してから、再び由稀の方に笑顔で向く。
「そうねえ、由稀君、読んでくれるかしら?」
「……ハイ」
(どうしよう、考えられない、というか考える暇がない)
 紅が居ない分、いつもよりあてられる回数が多い上に、弓菜が何かと傍に立っていることが多いので、全く持って集中できず、いかにして紅を探し出すかという難問について考えることができないまま、時間は過ぎてしまった。

   〜3時間目終了後 休み時間〜

 居そうなところ全てを探してみたけど見当たらない。かと言って、誰にも助けてもらうことはできない。だからって闇雲に走り回っても仕方がない。悠長に居そうな場所を推理している時間ももうない。そこで由稀は、最優先事項は何か、ということを考えてみた。結果、万が一、紅を見つけられなかったときの為に、とりあえず裏庭に行ってみることにした。名前も顔もわからない少女のことを、少年は一番に考え、裏庭に行けば何かしらの手が打てるだろうと思ったのだ。

 校舎の最上階にある校長室に向かって相変わらずの無表情で歩いていた青竜は、扉の前までくると、計算されたような動きで立ち止まり軽くノックした。扉がスッと開き、男が促すように部屋に目をやった。青竜は開けた男、周防に対して礼を述べた。
「ありがとうございます、教頭先生」
 中に入ると、この部屋の主がソファに座って待っていた。目が合うと、青竜は、つい先ほどまでとは、まるで違う態度で話し始めた。
「手短に言う。比古、例の件きちんと手を打っておいてくれ。それでなくても最近こそこそと調べまわる人間が多いんだ。それから周防も校内での監視に手を抜かないように」
「わかってるさ」
 比古は淡々と返事をし、周防は無言で意を示した。青竜は、それを見て、嫌味としか思えない微笑を浮かべながら頷いた。周防の眉間に一瞬、皺が寄る。
「では、校長先生、教頭先生、授業があるので、これで失礼します」
 嫌味な顔の次に、これまた嫌味と取れる発言をして、青竜は校長室を後にした。
 今度は一瞬では納まらず、皺が寄りっぱなしの周防が、比古の方を向く。
「何が授業だ。大体俺達がここまでする必要があるのか?」
 比古はふっと笑った。
「別に、青竜に従っている訳じゃないからな。俺は久暉理事長に頼まれていることを実行しているだけだよ」
 周防はそれでは納得いかない様子だったが、一応雇われの身なので、校長である兄の顔をじろりと睨んだだけで、それ以上は何も言わなかった。

 校長室を出た青竜の耳に、チャイムの音が鳴り響いた。しかし、彼に急ぐ様子などは微塵もなく、むしろ悠々と教室に向かっていた。
 階段を上がってくる靴の音が響いてきた。上ってきた人物が、ふと目線を上げ、青竜と視線が合った。
「青竜、何か楽しいことでもあったの?」
 実のところ、そう言って微笑んだ彌夕の方が、よっぽど楽しそうで、当の青竜は誰が見ても、そんな顔をしているようには見えなかった。
「僅かではあるが、ストレス解消してきたからな」
「そう、それは良かったわ。じゃ、生徒達が待ってるから行くわね」
 それだけを言って、それだけしか言わずに、彼女は先程よりも足取り軽く去っていた。

   〜4時間目〜

 大した考えなどなく、とりあえず裏庭に行ってみた由稀は、そこで日頃から色々と相談に乗ってくれる亜須久に遭遇することができた。そして、これまでの事の次第を説明すると、亜須久は真剣に話を聞いて、保健室へ行ってみたらどうかとアドバイスをくれた上に、万が一、由稀が間に合わなかったとしても、彼女に事情を説明しておいてくれると言ってくれたのだ。
 由稀は、亜須久がいてくれて良かったと、今日唯一の優しさを胸に保健室へと向かった。
「そうだよ、さぼると言えば保健室じゃないか、すっかり忘れてたっ!」
 そうひとりごち、紅は保健室へ居るものと決定され、そして意気揚々と保健室の扉を開けた。
「おっ、どないしたんや? 保健室に来る人間にしちゃ、えらい元気やなぁ。さぼりか?」
「違う、人探しだ」
「いや、授業出てない時点で、さぼりやろ」
「普通のさぼりと一緒にするなよっ」
 さぼりにレベルがあんのかいな、と不破は思ったが、そこは多感な高校生達の面倒を見る保健医。人の心を慮ることには長けているので、口には出さなかった。
「で、何や?」
「紅を探してるんだ。ここにいるだろ?」
「今日は一度も来てへんで。紅のさぼりなんて、いつものことやろ。今日に限って捜索してる理由って何?」
「うん、まぁちょっと。じゃあさ、心当たりとかないか? いつもいる場所にはいなかったんだよ」
「あー、じゃあ、わからへんなぁ。まっ体育祭近いしな」
 最後の言葉に由稀は、かっと目を見開いた。
「その理由は、今日っ散っ々聞いたあぁぁ」
「はっ?」
 突然の叫びに不破は文字通り、目が点になった。由稀曰く、探している最中に、目に付く友人達に情報を求めたところ全員が、目撃した、しないに関わらず、最終的に「体育祭近いし」と、理由になってない理由を言ったらしいのだ。
 不破は真面目に言ったのだが、おそらく生徒達の場合は、半分冗談、半分本気で答えたのだろう。
 (今あいつらの頭ん中、体育祭一色やからなあ)
 しかし、彼はそのことを、あえて由稀には言わないでおいた。

 そのころ、本来、由稀が出なければならない体育の授業では、クラスメイト達が、体育教師について、口々に話をしていた。
「あっ俺、すっげーいいトコのお嬢サマだって聞いたことある」
「噂によると、子供いるらしいよ」
「旦那がこの学校にいるって聞いたことあるんだけど」
「えっうちの担任と付き合ってるんじゃねぇの?」
「どうみたって片想いだろう。不良教師とお嬢教師だぞ」
 すると、一人が徐に口を開いた。
「あのさ、俺さ、いっつも思ってたんだけど、茜先生は何でなったっていうか、どうやって体育教師になれたんだろうな」
「ほんとだよなぁ」
 一同がその疑問について、確かに、と頷いたそのときだった。向こうから歩いてきていた茜が、血の気の引いた顔をして倒れたのは。
 そして、その瞬間、そこにいた全員が思った。
 (権力と金! 絶っっ対間違いない!)

 保健室に運ばれた茜は、すぐに気が付いて、申し訳なさそうに辺りを見回し、近くで心配そうに覗き込んでいる顔をみつけると、儚く、けれど暖かく微笑んだ。
「由稀君、もしかして、心配して付き添ってくれたの?」
「あっハイ」
 咄嗟に答える、同時に不破が心の中で突っ込む。思っくそ制服着とるやんけ、と。
「茜っ」
 保健室の扉が壊れんばかりに、バンッと勢いよく開いた。
「紅!」
 声のトーンは違ったが、茜と由稀は同時にその名を呼んだ。
「お前、今日一日どこ行ってたんだよ?」
 由稀が真っ先に問いただすと、それを受けて茜が聞いた。
「紅、また授業さぼってたの?」
「茜のことが心配で様子見てたんだよ。何たって体育祭近いし、無理してんじゃないかと思ってさ」
 あえて一日中、とは口にしなかった。
「だからって授業をさぼることないだろう!」
「なんだよ委員長、今日はまた、やけに真面目だな」
「そんなんじゃねえよ、俺はお前の所為で散々迷惑をだな」
 語気がだんだん強くなる由稀をみて、茜は言った。
「もしかして、今日の昼休みの実行委員会、瞬に無理矢理おしつけられた?」
「なんだよ、そんなの。いつものことじゃんか」
 紅は、茜が大丈夫そうなのを見て安心したのか、入ってきた時とは違って、いつもの小生意気な表情に戻っていた。
「紅、だめよ、ちゃんと出なさい。私もちゃんと出席するから」
 茜にそう言われれば、出ない訳にはいかなかった。
「わかったよ、今日のは出るよ」
 いやいや紅君、いつもちゃんと出るのが当然やで、と不破はまたしても心の中で突っ込んだ。
 一方、由稀はここに来て、なんだかあっさり昼休みの不条理な束縛から解放されたことに、実感が持てないでいた。
 (えっ? えっ? 俺、俺いいの? もしかして昼休み実行委員会、行かなくてよくなった?)
 それを見て取った不破は、いろいろと察して言った。
「良かったなぁ、一件落着やで由稀。これで昼休みは晴れて自由の身やな」

   〜そして昼休み〜

「それで、由稀に有無を言わさず押し付けたのか?」
「ああ。だって紅のやつはそういう面倒なものに関わろうとしないからな」
 (しないからって、それを黙認していいのか? 仮にも教師なのに)
 亜須久は由稀に対し不憫だと同情しつつも、結局瞬に対して何かを言うことはできなかった。
「おい、主役が来たぞ」

 事前に亜須久に報告しようかと思ったが、妙に恥ずかしかった由稀は、彼なら自分がいるのを見て事情を察知してくれるだろうと思い、結局4時間目を保健室で過ごし、昼休みになると同時に裏庭に姿を現した。
 去ってしまう夏を惜しむような強い日差しを放つ太陽を背に、由稀は裏庭に佇み待っていた。しかし、傍から見れば、その表情は何かを心待ちにしている、というよりも苦悩しているようであった。
 紅のお陰で一日中走り回っていたので、深く考える時間がなかった彼は、漸く冷静になれる時間が取れたら、異様に緊張してきてしまったのである。
 (わーどうしよう俺。てか、やっぱりこういうイベントの時に付き合う人間が多いってほんとだったんだな。ってあれ? でもこういうのって普通、体育祭終わってからじゃねぇの?)
「お待たせしました。はい」
「あっ…って、うわっ!青竜っ?」
 振り返ると、そこには見知った顔があった。そして同時に差し出されたものを反射的に受け取っていた。
「べっ弁当?」
「えぇ、今日はサッカー部の朝練で先に行ってしまったでしょう? 本当はもっと早く渡せればよかったのですが、生憎と今日は昼休みしか時間をつくれなくて」
 申し訳なさそうに、でも照れたような顔をした青竜を、由稀は、ただ呆然と見ることしか出来ず、思考がどこかへ飛んでしまった。
「じゃ、お昼にしましょうか」
 その一言で、こちらの世界に戻ってきた。
「昼って、青竜今から体育祭実行委員会だろ。ていうか、もう始まってんじゃねぇの?」
「あぁいいんですよ。私がいなくても。それから学校では青竜ではなく、お兄ちゃんと呼んで下さいね」
「あっごめん。ってそうじゃないだろ、全然良くねぇよ! 生徒会長なんだから!」
「由稀は本当に真面目ですね」
 いや、違うから! と、とぼけた父親のような発言をする青竜に心でツッコミを入れながらも、由稀は、周囲を気にした。
「それに俺、このあと用事あるし」

「由稀は、メモの字で自分の兄が書いたかどうか、わからなかったのか?」
「ああ、あれを書いたのは加依だ」
「えっ」
「ついでに言うと、あいつは兄ではなく、叔父、だ」
「えぇぇっ」
 亜須久は、目を見開いたまま、瞬を見遣った。それを横目で確認しながら瞬は続けた。
「何かしらの理由はあるんだろう。でもちょっと無理があるよな」
 いやちょっとじゃないし、と思いつつ、疑問を抱けなかったその部分には、あえて触れずに聞いた。
「で、理由って? 見当ついてるんじゃないのか」
「趣味じゃないか?」
 え、年齢詐称が? 甥の傍うろちょろするのが? まさか! コスプレがっ? 亜須久の思考回路は、かなりの混乱をきたし、もう訳が分からなくなってしまっていた。
 しかし、そんな事実が明かされ頭が混乱しつつも、彼はふと思い出してしまった。
 それは、今朝エントランスを通りかかったときに聞こえた加依の独り言だった。
「よし、体育祭も近いことだし、この方が盛り上がるでしょう」

「って、じゃあ、あのメモは・・・」
「そうですね、十中八九、加依の仕業ですね」
 わざわざそんな紛らわしい伝達手段取らなくても、と肩を落としつつ、今回の紛らわしい騒動の原因について疑問が浮かんだ。
「なぁ、なんで昼休みに裏庭なんかで渡そうなんて思ったんだ? 弁当渡すだけなら教室でいいし、俺がいなくても誰かに渡しとけばいいじゃん」
「場所をここにしたのは、生徒会室のある別館から近いですし、何よりここで食べるのが一番気持ちいいからです」
 質問に答えているような、いないような微妙な回答に、由稀は戸惑いを隠しきれない。
「兄弟の仲は深まりましたか?」
「加依」
「生徒会長、そろそろ委員会に出てもらえませんか?」
「仕方がありませんね。では由稀、お昼を一緒に食べるのは次の機会にしましょう」
 少し溜息混じりに答えた青竜は、そう言い残して行ってしまった。
 彼は呆然としていた。右手にはしっかり弁当を持って。
 すぐ傍の木で小鳥が囀っている。風が優しく由稀の髪を撫でた。空を見上げた。広く、どこまでも青い空に笑われたような気がした。
「けっ結局、結局みんな自分の都合ばっかりじゃんかぁっーーー」
 本日一番の大絶叫。
「由稀、お昼、用務員室で食べるか? お茶入れてやる」
 くすっと笑いながら用務員室をあとにした瞬や、絶対身内にはなりたくないタイプの青竜に振り回されている彼が、あまりにも不憫で、そう声を掛けた。
「亜須久、ありがとう」
「いいんだ、俺にはこれくらいしかできないから」
 自分のことを思って向けられた優しさが、由稀は素直に嬉しかった。そして、亜須久のあとに付いて用務員室へ入った。
「あっところで、放課後、体育祭の準備手伝ってくれるか?」
「いいよ!」
 由稀は上機嫌で答えていた。


―了―
(2006年4月26日)


素敵な作品をありがとうございました!!
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