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宿の自室に戻ろうと廊下を歩いていた由稀は、扉の向こうから聞こえた声に足をとめた。少し開いていた扉から中を覗くと、そこには羅依と加依が向かい合って立っていた。
「なにしてんだ」
いつもなら二人の会話に入っていく由稀も、その場の険悪な空気に思わず声を潜める。
「何度言ったらわかるんですか」
「そんな、突然どうにかなるもんじゃねぇだろ」
「そうは言いますけど」
「じゃあ兄貴は生まれたときから、お上品な物腰だったのかよ」
「それは屁理屈です」
いわゆる、兄妹ゲンカである。触らぬ神に崇りなし。由稀はひっそりとそこから立ち去ることにした。しかし、時はすでに遅かった。扉から手を離したそのときだった。
「どこに行くんですか、由稀」
「ひいぃっ」
まさか自分がいることを知られていないと思っていた由稀は、肩を震わせ驚いた。
「らしくないですね、一言もかけずに行くなんて」
「なんだよお前、立ち聞きしてたのかよ。趣味悪ぃな」
「二人の声がデカイんだろうがっ。そりゃ、人情として気になるだろ」
同じ顔の二人に睨まれると、恐怖は二乗した。
「どうです、仲裁に入ってみませんか」
「いや、いい。そんなに爽やかに誘われても、断じて乗らねぇ」
手を振り首を振り、由稀は最大限の辞退の意を表明する。しかし双子にはそれが楽しかったらしく、顔を見合わせて頷くと、爽やかな笑顔の加依に手を思い切り引かれた。きれいな顔をしているが、力は由稀より強かった。
「ケンカしてるんなら、変なとこで意気投合すんなよ・・・」
由稀はなされるがままに、部屋へと連れ込まれた。
「無理は言わねぇから。あたしの何が悪いか言ってくれればいいから」
「いや、それってすげぇ無理ってる」
「は?」
羅依のすごみには、過酷な人生が練りこまれていて、とても由稀に立ち向かえるものではなかった。背後に黒い渦が垣間見えたようだった。
「つまりですね、俺との約束をちゃんと守れているかどうかってことですよ」
加依は由稀を椅子に座らせる。
「はぁ」
正直二人で勝手にやってほしかったが、ここまで引き摺りこまれてしまった今、逃れるすべは適度な「答え」を残すことだった。
由稀は二人を見上げて、へらへらと薄ら笑いを浮かべる。
「へへへ」
「ふふふ」
「ダメですよ、由稀。ごまかされませんよ」
加依は満面の笑顔で由稀に釘をさす。
「あうー」
由稀はがっくり肩を落として、ちらりと羅依を見た。顎をひいて腕を組んでいる彼女に、凛々しさや爽快さはあっても、加依の求める「らしさ」はなかった。しかしそれをそのまま口にしたところで、由稀は自分の首を絞めるだけだ。
「あー、えーっとだな。つまり、なんだ、その、人ってのは、それぞれ個性があって、それってすごく大事なことで、だな、あー」
背中を嫌な汗が流れた。鋭い羅依の視線と真剣な加依の態度が、由稀に重くのしかかる。
しかし突然、双子は大声で笑い始めた。
由稀は呆気に取られる。
「ほんっと、面白いな」
「そうですね。でも羅依もあんなに睨みつけることないでしょう」
「なんだよ、言い出したのは兄貴だろう」
「ははは。そうでしたね」
羅依は目元にうっすらと涙まで浮かべていた。
「はぁ?」
由稀には何がなんだかわからない。ただ、自分が騙されていたらしいことは伝わってきた。
「なんだよ、どういうことだよっ」
勢いよく立ち上がると、羅依の袖を引き寄せた。
「いや、暇だったからさ、兄貴がケンカしてる振りしようって言い出してさ」
「ケンカしてる振りだとっ!?」
「そうなんですよ。まさか誰かに聞かれるとは思ってなかったんです。悪いことをしてしまいましたね」
「その割には、笑いすぎだろっ」
由稀は笑い止まない双子を交互に睨みつけ、地団駄を踏んだ。
「行き当たりばったりでさぁ。引くに引けなかったっていうか。ごめんごめん」
「ふざけんなよぉ」
「ケンカをしたことがなかったので、憧れてたんですよ」
「そうそう」
「変なやつらだなぁ」
騙されていたとはいっても、危機的状況から脱した由稀は思わず空腹を覚えてしまった。
「詫びとして、なんか奢ってくれよ」
「ああ、そうですね、何がいいですか」
加依は由稀に見つからないように羅依に目配せをする。それを受けた羅依は、口元に笑みを浮かべて返事をした。
「あたしスープ食べたいなぁ」
「夜ですし、そのくらいがいいですね」
「はぁ? 肉だよ、ニク」
「重い。却下」
羅依の返事は早かった。
「じゃあ、食堂に行きましょう。まだ開いてますよ」
「わーい、スープ」
「ちょ、ちょっと加依! 俺へのメシだろっ」
「何の話ですか」
「いや、だから」
そこまで言ったとき、横にいた羅依がにやりと笑った。
「本当にお前はおもしろいな」
その一言で全てを悟った由稀は大声で叫んでいた。
「人をおちょくるのもいい加減にしろーっ」
由稀はそのあと食堂で三人前の肉料理をたいらげ、翌朝腹痛で寝込むことになった。
もちろん、加依から小言を言われ、羅依にからかわれたのは言うまでもない。
(2004/12/05〜2005/03/04 WEB-CLAP)
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